こんにちは、マイクロ法人の顧問実績が豊富な税理士の植村拓真です。
個人事業主が法人化する際、通常は個人事業の廃業手続きを行って法人一本で事業を行います。しかし、中には個人事業主と法人を掛け持ちして、税金や社会保険料を抑えようと考える方もいらっしゃいます。
本記事をご覧の方も、同じように考えていらっしゃるのではないでしょうか。
結論から述べますと、個人事業主と法人の掛け持ちはできます。ただし、条件を守らないと税務調査で租税回避を指摘されかねません。
そこで今回は、個人事業主と法人を掛け持ちするメリット・デメリットについて解説します。インボイス制度についてご存知でない方は、法人成りするうえで重要な制度ですのでインボイス制度と法人成りに関する記事からご覧ください。
個人事業主と法人は掛け持ちできるが注意点あり
繰り返しになりますが、個人事業主と法人は掛け持ちできます。しかし、特定の条件を守らなければ税務調査で指摘されてしまいますので、本項目にて注意点を解説しておきます。
個人事業主と法人を掛け持ちする際の注意点は、以下のとおりです。
- 個人事業主と法人で別々の事業内容を選択する
- なるべく個人事業主と法人間で外注費を支払わない
順番に見ていきましょう。
個人事業主と法人で別々の事業内容を選択する
個人事業主と法人を掛け持ちする際は、別々の事業内容を選択しましょう。同じ事業を行うと売上を調整して税金を抑えられるため、税務署から租税回避を行っていると指摘されるおそれがあるからです。
たとえば、個人事業主でアフィリエイター、法人でITコンサルといった明確に異なる事業を選択するのがおすすめです。個人事業主と法人でブロガーといったように同じ事業を選択すると、税務署から租税回避を指摘されるので注意しましょう。
顧問税理士がいない状態で税務署から指摘されると、すべて自力で対応しなければなりません。安心かつスムーズに事業を行うためにも、個人事業主と法人を掛け持ちする際は別々の事業を選択しましょう。
関連記事:マイクロ法人でおすすめの事業や業種の選び方を税理士が解説
なるべく個人事業主と法人間で外注費を支払わない
個人事業主と法人を掛け持ちする際、二者間での外注費の支払いはなるべく行わないようにしましょう。二者間で外注費の支払いを行えば利益の調整を行えるため、税務調査で指摘されるおそれがあるからです。
税務上の疑念を招くおそれがありますので、個人事業主と法人を掛け持ちする際は、なるべく二者間での外注費の支払いによる利益調整を行わないようにしましょう。
個人事業主と法人を掛け持ちするメリット
続いては、個人事業主と法人を掛け持ちするメリットについて解説します。実践するかしないかを判断するうえで、本項目の内容を参考にしてみてください。
- 社会保険料を抑えられる
- 節税効果を高められる
- 法人の対外的な信用の高さを利用できるケースがある
- 利用できる補助金の種類が増える
社会保険料を抑えられる
個人事業主と法人を掛け持ちには、社会保険料を抑えられる大きなメリットがあります。法人化後に個人事業主を残して併用しようと考える方の多くが、社会保険料の削減を目的にしています。
個人事業主と法人を併用して、法人から安めの役員報酬を個人に支払い、健康保険料と厚生年金保険料を抑えるといったスキームです。
個人事業主は国民健康保険や国民年金に加入しますが、法人化して会社の役員になれば健康保険や厚生年金に切り替えられます。そのため、役員報酬の金額を少なく調整すれば、健康保険料や厚生年金の負担額を減少させられます。
上記のスキームを利用すれば社会保険料を抑えられるため、個人事業主を廃業させずに法人と掛け持ちする方がいます。
関連記事:マイクロ法人設立は年収いくらから?社会保険を最安化させる目安も解説
節税効果を高められる
個人事業主と法人を掛け持ちすれば、各事業形態での税金面におけるメリットを享受できます。主なメリットは以下のとおりです。
- 個人事業主で青色申告の控除を受けられる
- 売上を分散させて消費税の免税事業者になれる
- 役員報酬を損金算入できる
- 役員報酬の給与所得控除を受けられる
- 出張手当などの法人のみの節税対策を実施できる
上記のとおり、個人事業主と法人両方の節税対策を実施できるため、節税効果を高めて手元により多くの資金を残せます。必ずしも個人事業主と法人の併用が正解とは限りませんが、しっかりとシミュレーションを行えば税金面でメリットを享受できます。
法人の対外的な信用の高さを利用できるケースがある
法人は個人事業主よりも対外的な信用が高いため、法人化すると対外的な信用が高まります。そして、個人事業主と法人を掛け持ちすれば、個人事業を行いながら法人の対外的な信用の高さを利用できます。
個人事業主が法人の対外的な信用の高さを利用する主なメリットは、以下のとおりです。
- リクルートのハードルが下がる
- 資金調達の審査で有利になる
- 新規取引先の開拓につながる
- 法人名義なら保証人なしで事務所を借りられるケースがある
法人の肩書きをうまく活用すれば、人材確保や資金調達、新規取引先の開拓や事務所の契約で有利です。ただし、個人事業主と法人間で売上を調整して節税する場合、売上の減少により審査で不利になるおそれがあります。
そして、通常は法人化後に個人事業を残すメリットがないため、審査で掛け持ちする理由を説明できなければ節税目的であると見なされて印象が悪くなり、落ちるおそれがあるので注意しましょう。
利用できる補助金の種類が増える
個人事業主と法人を掛け持ちすれば、各事業形態向けの補助金を受給できます。本来であればどちらかの補助金は受給できませんが、掛け持ちしていれば両方を受給できますのでうまく活用しましょう。
関連記事:会社と個人事業主はどっちが得?違いやメリット・デメリットを比較して法人化を検討
個人事業主と法人を掛け持ちするデメリット
続いては、個人事業主と法人を掛け持ちするデメリットについて解説します。以下のようなデメリットがあるので、掛け持ちする際は注意しましょう。
- 個人事業主と法人の両方で税金を納める必要がある
- 法人の経理や税務会計が必要で手間が増える
- 法人では社会保険の加入が必要である
- 売上規模が小さくなる
- 将来受け取れる年金が減額されてしまう
個人事業主と法人の両方で税金を納める必要がある
個人事業主と法人を掛け持ちする場合、両者で税金を納めなければなりません。個人事業主の所得税や住民税、事業税はもちろん、法人の法人税や住民税、事業税も納める必要があるため、申告作業に時間がかかります。
個人事業主と法人を掛け持ちするとひとりで事業者2人分の申告が必要ですので、事業に集中できないおそれがあります。さらに、正確に申告しなければ税務署から指摘されるおそれもありますので、正確な申告や税務調査の対応などが不安な方は税理士への依頼を検討してみましょう。
法人の経理や税務会計が必要で手間が増える
法人化後に個人事業を残して事業を行うため、法人一本で事業を行うよりも手間が増えてしまうのは仕方ありません。個人事業主の経理や税務会計であれば、自力で行える方もいらっしゃいます。
しかし、法人の経理や税務会計は個人事業主よりも複雑かつ作業量が多いため、自力ですべてを行うのは困難です。個人事業主と法人を掛け持ちする際は両者の経理や税務会計を行う必要があるため、専門知識を有したうえである程度の経験がなければ自力では行えないでしょう。
また、法人化するには会社設立の手続きも行う必要があり、決算期や役員報酬といった重要な要素や手続きの期限など、考えなければならない内容が多いです。税務調査の対象になるおそれもありますので、安心してスムーズに事業を行いたい方は税理士への依頼を検討してみましょう。
法人では社会保険の加入が必要である
法人は社会保険に加入する義務があるため、個人事業主と法人を掛け持ちする際は社会保険料分の負担が増えます。そして従業員を雇用する際は、社会保険料の半分を会社側が負担しなければなりません。
個人事業主と法人を掛け持ちする際は一人社長の会社を設立するケースが多いですが、ひとりでも社会保険に加入する義務はありますので注意しましょう。
売上規模が小さくなる
個人事業主と法人を掛け持ちして売上調整を行うと、両者で売上規模が元より小さくなってしまいます。分割するため仕方ありませんが、融資や助成金などの審査で不利になるケースもありますので注意しましょう。
将来受け取れる年金が減額されてしまう
個人事業主と法人を掛け持ちすると、厚生年金保険料の負担を軽減させられるメリットを享受できます。一方で厚生年金保険料の負担軽減により、将来受け取れる年金が減額されてしまうので注意しましょう。
以上が個人事業主と法人を掛け持ちする際のデメリットです。個人事業主と法人を掛け持ちするかどうかを判断するうえで、参考にしてみてください。
よく個人事業主と掛け持ちされるマイクロ法人とは?
本項目では、よく個人事業主と掛け持ちされるマイクロ法人について解説します。マイクロ法人とは、下記のような特徴を持つ法人です。
- 売上なしでも設立して運営できる
- 個人事業主とは事業形態が異なる
- サラリーマンは社会保険料の負担軽減の恩恵を受けられない
上記について順番に見ていきましょう。
売上なしでも設立して運営できる
マイクロ法人は売上がなくても設立して運営できます。法律上、売上がなくても法人の設立は制限されません。
そもそも、事業を軌道に乗せるまでは、赤字だったり、売上が立たなかったりするためです。ただし、売上がなくても、法人住民税や社会保険料の納付、確定申告の義務などが生じるのは念頭に置きましょう。
とりわけ、役員報酬をマイクロ法人で設定する場合は、赤字になりやすいので注意が必要です。赤字決算でも青色申告書を提出していれば、赤字を繰り越せるため、将来の節税につながります。
なお、マイクロ法人の事業実態がない場合、税務調査に入られるリスクが高まるため、適切な事業活動を行いましょう。
関連記事:マイクロ法人は違法?正しい設立方法とメリット・デメリットを解説
参考:国税庁(No.5762 青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除)
個人事業主とは事業形態が異なる
代表者1人で事業を行う点は、マイクロ法人も個人事業主も共通です。ただし、マイクロ法人は法人格を有している点で、個人事業主とは事業形態が全く異なります。
個人事業主は、開業届出書を納税地を所轄する税務署に提出するだけで始められるのに対し、マイクロ法人は、本店所在地を所轄する法務局での法人登記が必要です。事業活動で得られた所得に応じて、個人事業主は所得税を納めるのに対して、マイクロ法人は法人税を納めます。
マイクロ法人は個人事業主よりも社会的な信用が高いため、マイクロ法人を設立した場合、取引できる範囲が広がったり、資金調達がしやすくなったりするなどのメリットが期待できます。
上記のようなメリットが見込まれる一方で、マイクロ法人の設立時や維持にはコストと手間がかかるため、マイクロ法人の設立は慎重に検討しましょう。
関連記事:マイクロ法人と個人事業主の二刀流で節税するメリット・デメリットを解説
サラリーマンは社会保険料の負担軽減の恩恵を受けられない
個人事業主とマイクロ法人を掛け持ちする狙いの1つは、社会保険料の軽減です。しかし、サラリーマンはマイクロ法人の設立によって社会保険料の負担を軽減できません。
勤務先で既に加入している社会保険に加えて、マイクロ法人でも社会保険の加入が必要だからです。また、社会保険料は事業主と本人で折半ですが、マイクロ法人は自分1人だけで運営しているため、実質的に全額を負担する形になります。
以上の理由から、サラリーマンはマイクロ法人の設立による、社会保険料の負担軽減の恩恵を受けられません。ただし、個人事業主の所得が多額な場合には、マイクロ法人との掛け持ちで所得税の負担を減らせる見込みがあります。
関連記事:マイクロ法人設立でサラリーマンが節税するメリットや注意点を解説
参考:日本年金機構(兼業・副業等により2カ所以上の事業所で勤務する皆さまへ)
個人事業主と法人の掛け持ちでインボイスの登録は必要?
本項目で解説するのは、個人事業主と法人の掛け持ちでインボイス登録は必要かどうかについてです。
課税売上高が1,000万円を超える個人事業主が、免税事業者になるために、法人との掛け持ちを検討するケースは多くあります。しかし、令和5年10月1日からスタートしたインボイス制度の影響によって、免税事業者になるメリットは薄れています。
上記の要因として、インボイスがなければ仕入税額控除を受けられなくなっているからです。取引先は、インボイスの発行ができない免税事業者との取引において、仕入税額控除を受けられず、不利益を被るおそれがあります。
上記の理由から、免税事業者との取引を避けるような流れが、今後加速すると予想されています。
個人事業主と法人の掛け持ちで、インボイス登録を検討する際の判断基準は、取引先に迷惑がかかるかどうかです。たとえば、以下のような判断が考えられます。
- 個人事業主はBtoCなので、インボイス登録しない
- 法人はBtoBなので、インボイス登録する
- 個人事業主も法人もBtoBなので、両方ともインボイス登録する
自分1人で判断するのが難しい場合は、税理士に相談しながら進めていきましょう。インボイス制度については、下記の記事でさらに詳しく解説しています。
関連記事:インボイス制度がやばい・ひどい理由|抜け道と対策を解説
関連記事:インボイス制度と法人成り|タイミングから影響と対策まで解説
個人事業主と法人の掛け持ちでよくある質問
最後に、個人事業主と法人の掛け持ちでよくある質問をご紹介します。個人事業主と法人の掛け持ちを検討している方は参考にしてみてください。内容は随時追記します。
個人事業主と法人の掛け持ちで確定申告は必要ですか?
繰り返しになりますが、個人事業主と法人は異なる事業形態のため、両方で確定申告が必要です。
個人事業主と法人を掛け持ちする場合、売上や経費を明確に分けて管理しましょう。また、個人事業主と法人では、税金の計算方法や提出書類の違いがあるので注意が必要です。
確定申告を税理士に丸投げする際の費用相場については、下記の記事でさらに詳しく解説しています。
関連記事:【個人事業主・法人対応】確定申告を税理士に丸投げする費用相場やメリット・デメリットを解説
個人事業主と法人を掛け持ちすれば経費の範囲は広がりますか?
個人事業主よりも法人の方が経費に算入できる範囲が広いのは、個人事業主と比べ、プライベートな側面がないからです。個人事業主では按分する必要のある経費も、法人を適切に活用すれば丸ごと経費に算入できるケースもあるため、効果的な節税が見込めます。
法人における経費の適切な判断基準や、経費として落とせる具体例については、下記の記事でさらに詳しく解説しています。
関連記事:法人はなんでも経費で落とせる?よくある勘違いと判断基準を解説
個人事業主と法人を併用すべきかお悩みの方はお気軽にご相談ください
今回は個人事業主と法人を掛け持ちするメリット・デメリットについて解説しました。
個人事業主と法人を掛け持ちする際は、事業形態ごとに別々の事業を選択する、なるべく外注費の支払いを控えるといった点に注意しましょう。そして、法人設立後の経理や税務会計の負担増加、将来受け取れる年金が減額されてしまう点には、特に注意して事業を行ってください。
個人事業主と法人を掛け持ちするうえで不安がある、掛け持ちすべきか法人一本でいくべきか迷っていらっしゃる方は、お気軽に弊所までご相談ください。弊所は個人事業主と法人を掛け持ちしている方の顧問実績が豊富ですので、お力になれると存じます。