こんにちは、法人成りのサポート実績が豊富な税理士の植村拓真です。
はじめて法人成りを検討される事業者の方からご相談いただく際、個人事業の廃業手続きに関して、以下のようなご質問をいただく機会があります。
本記事を読まれている方の中にも、上記のように思われている方がいらっしゃるのではないでしょうか。
法人成りでは、新しい会社の設立手続きに焦点が当たりがちですが、同じタイミングで個人事業の廃業手続きをしておかなければ、税務に関するトラブルにつながるおそれがあります。
そこで今回は、法人成りで個人事業主の廃業届を提出する必要性やタイミングについて解説します。
個人事業の廃業届を出さないケースや、提出しないデメリットについても言及しますので、参考にしてみてください。
法人成りで個人事業主の廃業届を提出する必要性
本項目では、法人成りで個人事業主の廃業届を提出する必要性について解説します。
廃業届を提出する必要があるのは、下記の理由からです。
- 個人事業の終了を納税地の所轄税務署に認識してもらうため
- 確定申告を個人事業と法人で明確に区別するため
上記について順番に見ていきましょう。
個人事業の終了を納税地の所轄税務署に認識してもらうため
法人成りの際に廃業届を提出する理由の1つ目は、個人事業の終了を納税地の所轄税務署に認識してもらうためです。
法人成り後に廃業届を提出しなければ、個人事業を続けているとみなされます。
上記の場合、税金に関する通知が届き続けたり、不必要な納税義務が発生したりするなどのおそれがあります。
法人成りで個人事業をやめる際、廃業届を提出しなければ、納税地の所轄税務署は事業の終了を認識してくれません。
廃業届は忘れずに提出して、個人事業の納税義務が終了すると、納税地の所轄税務署に正式に知らせましょう。
廃業届は、廃業日から1ヶ月以内に提出します。
参考:国税庁(A1-5 個人事業の開業届出・廃業届出等手続)
確定申告を個人事業と法人で明確に区別するため
法人成りの際に廃業届を提出する理由の2つ目は、確定申告を個人事業と法人とで明確に区別して行うためです。
法人成りをした年は個人事業の確定申告はいらないと考えている方もいますが、実際には個人事業と法人の両方で確定申告を実施する必要があります。
法人成りした年の確定申告で、個人事業主と法人の期間を正しく区別するためには、個人事業の廃業日を納税地の所轄税務署に申告しなければなりません。
廃業届を出さなければ、個人事業と法人の事業所得を区別して確定申告できません。
誤った申告を避けるためにも廃業届は必ず提出しましょう!
たとえば、5月31日に個人事業を廃業し、6月1日に法人成りした場合の確定申告は次の2つに分けられます。
1月1日〜5月31日までの期間の事業所得については、個人事業主として確定申告します。
個人事業主の確定申告の期限は、原則、翌年2月16日〜3月15日の間です。
6月1日以降の期間の事業所得については、法人として確定申告します。
法人の確定申告の期限は、事業年度終了日の翌日から2ヶ月以内です。
法人成り後に廃業届を出さないケース
本項目では、法人成り後に廃業届を出さないケースについて解説します。
法人成りをした際、今まで行っていた個人事業は廃業をするのが一般的です。
しかし、法人成りしたら廃業届を必ず提出しなければならないわけではありません。
法人成り後に個人事業を廃業しないケースは次のとおりです。
- 個人事業の一部を継続させる
- 不動産所得が発生する
上記について順番に見ていきましょう。
個人事業の一部を継続させる
法人成り後に廃業届を出さないケースの1つ目が、個人事業の一部を継続させる場合です。
たとえば、個人事業主として複数の事業を行っていて、一部の事業を切り離して法人成りさせるようなケースが挙げられます。
上記の場合、個人事業をすべて廃業したわけではないため、廃業届の提出は不要です。
ただし、法人と個人事業主の領域を明確に分けるため、経理や税務会計は区別して処理する必要があります。
また、節税を目的として、マイクロ法人を設立し個人事業主との二刀流をする方も多くいらっしゃいます。
節税目的でマイクロ法人と個人事業主で二刀流する場合、事業や業種は別々のものを選択しましょう。
同じ事業や業種を選択してしまうと、納税地の所轄税務署から脱税を疑われ、税務調査に入られるおそれがあるからです。
個人事業主として得た収益をマイクロ法人へ移す行為が、税負担を不当に軽減する目的とみなされた場合、税務調査の対象となるリスクが高まります。
税務調査に入られた場合、追徴課税や罰則が課されるおそれがあります。
関連記事:マイクロ法人と個人事業主の二刀流で節税するメリット・デメリットを解説
関連記事:マイクロ法人でおすすめの事業や業種の選び方を税理士が解説
不動産所得が発生する
法人成り後に廃業届を出さないケースの2つ目が、不動産所得が発生する場合です。
たとえば、法人成りした会社に対して個人事業で使っている自宅や物件の一部を貸し付けるようなケースです。
法人成りした会社に、個人事業で所有している不動産の貸付がある場合、個人事業として不動産所得が発生します。
上記の場合も、廃業届の提出は不要です。
以上、本項目をまとめると、法人成り後も個人事業主として事業所得や不動産所得などが引き続き発生する場合が、廃業届を提出をしなくても良いケースです。
法人成りで個人事業主の廃業届を提出するタイミング
本項目で解説するのは、法人成りで個人事業主の廃業届を提出するタイミングについてです。
個人事業主が法人成りする場合、個人事業の廃業日をいつにするか決める必要があります。
廃業日を決める際に考慮すると良いポイントは次のとおりです。
- 法人設立日
- 法人口座が開設できた日
- 法人の営業活動を開始する日
- 契約や取引先の切り替えが完了した日
- 個人事業としての入出金が完全に終了した日
一般的には、法人として営業開始する前日を廃業日とするのが最も分かりやすく、トラブルを避けやすいとされています。
廃業日が決まれば、廃業届を期限内に提出します。
廃業届の提出期限は、原則として廃業日から1ヶ月以内です。
ただし、提出が早く求められる書類もあるため注意しましょう。
廃業届を提出しない場合、納税地の所轄税務署が個人事業が継続していると誤解し、確定申告の催促が来るおそれがあります。
法人成りしたあともスムーズな経営を続けるために、廃業届は忘れず提出しましょう。
関連記事:法人成りのベストタイミングはいつ?後悔しない会社設立時期の選び方
関連記事:個人事業主の法人成り|適切なタイミングから注意点まで解説
法人成りで個人事業主の廃業届を提出する際の注意点
本項目では、法人成りで個人事業主の廃業届を提出する際の注意点について、以下の2点に絞って解説します。
- 個人事業主と法人の両方で確定申告を行う必要がある
- 廃業手続きに費用がかかるおそれがある
順番に見ていきましょう。
個人事業主と法人の両方で確定申告を行う必要がある
法人成りした年は、個人事業と法人の両方で確定申告を行う必要があります。
廃業が決まった場合、個人事業主としての確定申告は廃業年の年度分をもって終了です。
個人事業分の納税額については、1月1日から廃業日までの期間で計算します。
たとえば、5月31日が個人事業の廃業日の場合、1月1日~5月31日までの事業所得を計算して、翌年の確定申告の期間内に申告と納税を行います。
個人事業の申告期限及び納期限は、所得税が3月15日まで、消費税が3月31日までです。
申告期限や納期限が土日祝日の場合は、左記の翌日が期限です。
法人成りした会社の確定申告については、設立日から最初の決算期までの期間について申告します。
たとえば、6月1日が法人の設立日の場合、6月1日~決算日までの法人の所得額を計算して、決算日の翌日から2ヶ月以内に申告と納税を行います。
なお、個人事業を廃業したあとにかかる経費は、所得税法の特例によって、個人事業主の事業経費として含められるものです。
しかし、すべてが必要経費として計上されるわけではありません。
参考:国税庁(申告と納税)
関連記事:確定申告が全くわからない方へ|やり方や相談先について税理士が解説
関連記事:【法人の決算申告】税理士なしのリスクと依頼時の費用相場
廃業手続きに費用がかかるおそれがある
個人事業を廃業する場合、法人の解散と違い、手続きに法定費用はかかりません。
法人を解散する場合、株式会社解散及び清算人選任登記申請書や株式会社清算結了登記申請書を提出する際に登録免許税が4万円程度かかりますが、個人事業の場合は発生しません。
しかし、法人成りによって個人事業で借りていたオフィスを解約する場合、原状回復の費用や契約解除の費用などが発生するおそれもあります。
また、考えられるケースとしては、法人成りで新しい事務所を設けたり、現在の事務所の名義を法人に変更したりする場合、新規賃貸契約の費用や契約変更手数料が必要になるなどです。
原状回復の費用や契約解除の費用など、事業に直接関連している場合、所得税法の特例で、廃業年度の必要経費として計上できます。
ただし、個人的な目的や新たな事業の準備にかかる費用などは対象外です。
廃業に伴って生じる費用が経費として認められるか不明な場合は、税理士や専門家への相談をおすすめします。
参考:国税庁(法第63条《事業を廃止した場合の必要経費の特例》関係)
法人成りする際の廃業届の出し方と必要な手続き
本項目では、法人成りする際の廃業届の出し方と必要な手続きについて解説します。
廃業届の出し方と必要な手続きは次のとおりです。
- 個人事業の廃業届の提出
- 青色申告の取りやめ
- 給与支払事務所等の廃止
- 消費税に関わる事業廃止届出書の提出
- 廃業年の所得税の申告
- 個人事業税に関わる事業廃止申告書の提出
- 予定納税額の減額申請
- 労働保険と雇用保険の変更
上記について順番に見ていきましょう。
個人事業の廃業届の提出
法人成りする際には、個人事業の廃業届を納税地の所轄税務署に提出が必要です。
廃業届の提出は、個人事業の終了を納税地の所轄税務署に知らせる重要な手続きです。
廃業届を出さない場合、納税地の所轄税務署は個人事業がまだ継続していると判断して、税に関する書類を引き続き送ってくるおそれがあるため、漏れなく提出しましょう。
廃業届の手続きには、個人事業の開業・廃業等届出書を使用します。
上記の書類は税務署で入手するか、国税庁のホームページからダウンロードしましょう。
繰り返しになりますが、廃業届は廃業日から1ヶ月以内に、納税地の所轄税務署に提出します。
一方、廃業届が不要なケースもあり、複数の事業を運営していて法人成り後も一部を個人事業として続ける場合や、不動産収入が個人名義で発生する場合などです。
ご自身が廃業届を提出すべきケースか迷う場合は、税理士への相談をおすすめします。
参考:国税庁(A1-5 個人事業の開業届出・廃業届出等手続)
青色申告の取りやめ
法人成りで個人事業を廃業する際、確定申告の青色申告を行っている方は、所得税の青色申告の取りやめ届出書を納税地の所轄税務署に提出します。
廃業届の提出だけでは青色申告は取り消されません。
たとえば、法人成り後も個人事業として事業の一部を継続する場合や、個人名義で不動産収入がある場合などは、青色申告を続けられます。
上記のように、法人成り後も個人事業の青色申告が継続するケースも考えられるためです。
法人成りで個人事業を廃業しても、青色申告をやめる手続きをしなければ、青色申告が継続しているとみなされるおそれがあります。
上記の場合に考えられるのは、納税地の所轄税務署から不要な通知や書類が送られてきたり、青色申告に関連する義務(帳簿作成や申告書の提出など)を引き続き求められたりするおそれです。
上記のトラブルを防ぐため、青色申告の取りやめ届出書を納税地の所轄税務署に提出します。
提出期限は、個人事業を廃止した年の翌年3月15日までとなっていますが、廃業届と一緒のタイミングで提出するのをおすすめします。
所得税の青色申告の取りやめ手続きに不明な点がある場合は、税理士に相談してみましょう。
給与支払事務所等の廃止
複数の事業を運営していて、法人成り後も一部を個人事業として継続する場合や個人名義で不動産所得が発生する場合は、個人事業の廃業届を出す必要はありません。
しかし、上記のようなケースでも、個人事業で従業員への給与の支払いがなくなる場合、給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書を納税地の所轄税務署に提出します。
上記の届出書の提出期限は、事業廃止から1ヶ月以内です。
参考:国税庁(A2-7 給与支払事務所等の開設・移転・廃止の届出)
参考:e-GOV法令検索(所得税法229条|開業等の届出)
参考:e-GOV法令検索(所得税法230条|給与等の支払をする事務所の開設等の届出)
消費税に関わる事業廃止届出書の提出
消費税の課税事業者であった個人事業を廃止する場合、納税地の所轄税務署に事業廃止届出書を提出します。
個人事業の廃業届を提出しただけでは、消費税に関しての手続きは完了しません。
消費税の中間申告をしていた場合、事業廃止届出書が未提出だと、引き続き中間申告と納税を行う必要があるため、事業廃止届出書は忘れずに提出しましょう。
なお、複数の事業を運営していて、法人成り後も一部を個人事業として継続するケースで、インボイス発行事業者の登録を取り消さない場合、事業廃止届出書の提出は不要です。
また、下記の届出書に事業廃止の旨を記載して提出した場合、事業廃止届出書の提出は不要です。
参考:国税庁(D1-14 事業廃止届出手続)
参考:国税庁(インボイス発行事業者の登録を取り消す場合などに提出すべき書類)
廃業年の所得税の申告
法人成りした場合、廃業年の所得税の申告では、個人事業と法人とで収益の区分を明確にする必要があります。
廃業年の所得税の申告は複雑なケースが多いです。
法人成りで個人事業を廃業する場合、廃業年の所得税の申告時、以下の点に注意してください。
- 資産や負債の引き継ぎ
- 必要経費の計上
上記2点を順番に説明します。
資産や負債の引き継ぎ
個人事業の資産や負債を法人に引き継ぐ際の処理は次のとおりです。
- 棚卸資産:譲渡所得ではなく事業所得扱い
- 建物や土地:譲渡所得として計算
- 商品:譲渡対価として通常の売上高に加算
- 売掛金等の債権や買掛金等の債務:帳簿価額で引き継ぐ場合、課税関係の発生なし
参考:国税庁(No.3105 譲渡所得の対象となる資産と課税方法)
必要経費の計上
必要経費は、事業年度内で債務が確定している支払うべき金額を計算します。
実際に支払った金額ではありませんので注意してください。
減価償却費は、1月1日から廃業日までを月単位で按分しての計上です。
一括償却資産の未償却分は廃業年度の経費に算入できます。
売上原価に関しては、法人成りで商品が引き継がれた場合、期末商品棚卸高はゼロのため、期首商品棚卸高と当期商品仕入高の合算です。
参考:国税庁(決算の手引き)
個人事業税に関わる事業廃止申告書の提出
法人成りで個人事業を廃業する際、個人事業税に関する手続きも行います。
個人事業の廃止日から10日以内に、所轄の都道府県税事務所に事業開始(廃止)等申告書を提出しなければいけません。
また、廃業年分の個人事業税は納付が翌年になるのを考慮し、特例として、課税見込額を廃業年分の必要経費に算入できます。
たとえば、2024年に廃業した場合、2024年の所得にかかる個人事業税は2025年に確定します。
通常の経費処理で行うと、2025年に発生する個人事業税が経費処理できなくなってしまうためです。
上記の理由から、特例として2024年に経費処理するのが認められています。
参考:国税庁(法第63条《事業を廃止した場合の必要経費の特例》関係)
参考:東京都主税局(個人事業税)
参考:東京都主税局(事業を廃止した場合)
予定納税額の減額申請
法人成りで個人事業を廃業する場合、予定納税についても注意が必要です。
前年度の所得に対する納税額が15万円以上だった個人事業主は、予定納税の義務が生じます。
第1期(7月1日〜7月31日)と第2期(11月1日〜11月30日)に、前年度の所得に対する納税額の1/3ずつを、あらかじめ納税する必要があります。
令和6年度については定額減税の影響により、第1期の納期の最終日は9月末日です。
年の途中で個人事業主から法人成りをした場合、個人事業の所得は前年に比べて減少すると予想されます。
上記の場合、予定納税額の減額を申請できます。
予定納税の第1期分と第2期分の両方を減額申請をする場合は、7月1日〜7月15日までです。
予定納税の第2期分のみ減額申請をする場合は、11月1日〜11月15日までになります。
令和6年度については定額減税の影響により、第1期分と第2期分の両方を減額申請する場合の期限が、7月末日に変更されています。
参考:国税庁(予定納税No.2040 予定納税)
参考:国税庁(定額減税について)
参考:国税庁(令和6年分所得税の定額減税Q&A|予定納税・確定申告関係)
参考:国税庁(A1-3 所得税及び復興特別所得税の予定納税額の減額申請手続)
労働保険と雇用保険の変更
法人成りする前から週20時間以上勤務する従業員を雇用していた場合、労働保険と雇用保険の変更届の提出も必要です。
労働保険番号の左から3ケタ目が1の番号の場合、先に所轄の労働基準監督署に労働保険 名称、所在地変更届を届け出てから、所轄のハローワークに雇用保険事業主事業所各種変更届を届け出ましょう。
労働保険番号の左から3ケタ目が3の番号の場合、所轄のハローワークに労働保険 名称、所在地変更届と雇用保険事業主事業所各種変更届を届け出てください。
参考:e-GOV電子申請|雇用保険の事業所の各種変更届出
参考:厚生労働省(雇用保険適用事業所及び事業主の変更手続きについて)
法人成り後に廃業届を出さない場合のデメリット
本項目では、法人成り後に廃業届を出さない場合のデメリットについて解説します。
廃業届を出さない場合のデメリットは以下のとおりです。
- 個人事業と法人の両方で売上が少なくなる
- 融資審査で不利になるおそれがある
- 税の負担が増える
- 記帳や税務申告の手間が増える
- 利益相反取引のおそれがある
- 取引先に混乱を招くおそれがある
上記について順番に見ていきましょう。
個人事業と法人の両方で売上が少なくなる
デメリットの1つ目は、個人事業と法人の両方で売上が少なくなることです。
法人成り後も廃業届を出さない場合、元の事業の一部を個人事業として継続する形になります。
しかし、もとの事業全体の規模は変わらないため、法人と個人事業の両方の売上が小規模化してしまいます。
上記の場合に考えられるのは、たとえば、資金調達の場面で、法人成りで獲得した社会的な信用を活かしきれないケースが出てきてしまうおそれです。
融資審査で不利になるおそれがある
デメリットの2つ目は、融資審査で不利になるおそれがあることです。
法人と個人事業は名目上、別事業とみなされるため、融資の審査も別々に行われます。
しかし、法人成りによって売上の規模が縮小し、法人と個人事業の両方の信用が下がるおそれがあります。
特に、売上の減少は融資の審査上、マイナス評価です。
法人成りで売上の規模が小さくなるのは、資金調達の場面で悪影響を及ぼすリスクになります。
また、個人事業を残す理由が曖昧な場合、税負担を不当に軽減する意図があると疑われるおそれがあります。
上記のような疑念は、融資審査で不利な結果を招いてしまうリスクです。
関連記事:日本政策金融公庫の融資審査を確実に通すためのチェックポイント6選
税の負担が増える
デメリットの3つ目は、税の負担が増えることです。
法人成り後に個人事業を残した場合、法人と個人事業の両方で税の負担をしなければなりません。
法人にかかる税金は、 法人税や法人住民税、法人事業税などです。
仮に赤字となった場合でも法人住民税の均等割額の納税義務が発生します。
しかし、資本金の額が1,000万円以上の場合や、課税売上高が1,000万円を超える場合には、消費税の課税対象です。
個人事業では、所得税や住民税、個人事業税などの税金がかかります。
以上を踏まえると、法人成りで個人事業を残す場合の税負担は大きいといえます。
参考:国税庁(No.6501 納税義務の免除)
参考:国税庁(No.6503 基準期間がない法人の納税義務の免除の特例)
記帳や税務申告の手間が増える
デメリットの4つ目は、記帳や税務申告の手間が増えることです。
法人と個人事業の双方で事業を運営する場合、別々に帳簿の記帳をする必要があるため、売上や経費の仕訳が煩雑になり、ミスが生じやすくなります。
また、法人は決算申告、個人事業は確定申告を行うため、経理や税務会計に関する事務作業が大幅に増加します。
上記の負担を軽減するために税理士へ依頼する場合に考えられるのは、法人と個人事業の双方で費用が発生し、コストが2倍になるおそれです。
関連記事:決算申告を税理士に丸投げする際の費用相場や安く抑える方法
関連記事:確定申告が全くわからない方へ|やり方や相談先について税理士が解説
利益相反取引のおそれがある
デメリットの5つ目は、利益相反取引のおそれがあることです。
法人と個人事業主のあいだで、物品の売買や不動産の賃貸などの取引を行う場合、両者の間に利益相反関係が生じます。
利益相反関係とは、1人の人物や団体が複数の立場を持つことで、両者の立場や義務が衝突し、正しい判断や行動が困難になる状態です。
利益相反が発生すると、不公正な取引が行われるおそれがあるため、適切な管理が求められます。
利益相反取引が発生する場合、法人側で株主総会による承認決議が必要です。
上記のことは、下記の法律で定められています。
(競業及び利益相反取引の制限)
第三百五十六条 取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
一 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。
二 取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。
三 株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。
引用:e-GOV法令検索|会社法
取引先に混乱を招くおそれがある
デメリットの6つ目は、取引先に混乱を招くおそれがあることです。
取引先にとって、今後、法人と個人事業主のどちらと取引するかが明確になっていなければ、混乱を招いてしまいます。
たとえば、法人として請求書を発行する一方で、別の案件では個人名義で請求書を発行するような場合、取引先はどちらに支払いをすればよいのか迷ってしまいます。
また、法人と個人事業を並行して運営する理由が明確でない場合に考えられるのは、取引先から「節税のためだけに分散させているのでは?」と疑念を抱かれてしまうおそれです。
上記の場合、今まで積み上げてきた取引先との信頼関係が損なわれるリスクにもつながります。
法人成り時の廃業届に関するよくある質問
最後に、法人成りする際の廃業届の提出に関してよくある質問をご紹介します。
※内容は随時追記していきます
廃業届のダウンロード先と書類の書き方を教えてください
個人事業主の廃業届出書は国税庁のホームページからダウンロードできます。
ダウンロード先のリンクを下記にまとめました。
廃業届の書き方も以下のリンクからご参照ください。
青色申告の取りやめをされる方は、取りやめ届出書の提出が必要です。
また、消費税の課税事業者の方及び課税事業者を選択されている方で、廃業する事業のほかに課税売上げに当たる所得(不動産所得など)のない方は、事業廃止届出書も提出してください。
参考:国税庁(個人事業主の廃業届出書)
参考:国税庁(書き方|個人事業主の廃業届出書)
参考:国税庁(青色申告の取りやめ届出書)
参考:国税庁(事業廃止届出書)
参考:国税庁(A1-5 個人事業の開業届出・廃業届出等手続)
個人事業主の廃業届の提出は郵送ですか?オンラインですか?
個人事業主の廃業届を提出する方法は次のとおりです。
- e-Tax上で送信
- 納税地の所轄税務署へ持参
- 納税地の所轄税務署へ郵送
廃業届を書面で作成して持参あるいは郵送する場合、本人確認がとれる書類の提示または写しの添付が必要になります。
廃業届の必要事項をすべて記入できたら、提出期限までに納税地の所轄税務署宛に提出しましょう。
提出期限が土日祝日にあたる場合は、左記の翌日が期限です。
参考:国税庁(A1-5 個人事業の開業届出・廃業届出等手続)
参考:国税庁(番号制度に係る税務署への申請書等の提出に当たってのお願い)
まとめ
今回は、法人成りで個人事業主の廃業届を提出する必要性やタイミングを解説しました。
法人成りする際の廃業届の出し方と必要な手続きは次のとおりです。
- 個人事業の廃業届の提出
- 青色申告の取りやめ
- 給与支払事務所等の廃止
- 消費税に関わる事業廃止届出書の提出
- 廃業年の所得税の申告
- 個人事業税に関わる事業廃止申告書の提出
- 予定納税額の減額申請
- 労働保険と雇用保険の変更
また、個人事業の一部を継続させるケースや、不動産所得が発生するケースでは、法人成り後に廃業届を提出しない場合もあります。
しかし、上記の場合、次のようなデメリットが考えられます。
- 個人事業と法人の両方で売上が少なくなる
- 融資審査で不利になるおそれがある
- 税の負担が増える
- 記帳や税務申告の手間が増える
- 利益相反取引のおそれがある
- 取引先に混乱を招くおそれがある
法人成りで個人事業の廃業届を提出しないケースもありますが、メリットとデメリットを正しく把握し、慎重に検討するのが大切です。
判断に迷うような場合は税理士に相談してみましょう。